2011-11-01から1ヶ月間の記事一覧

呆けた一日

午前3時近くまで本を読んでいた所為で起き出したのが10時過ぎ、お蔭で生活のリズム感が狂ってしまう。こんな日は何事もやらずの呆け日だ。脳細胞がリズム感を失っているだけでなく体も狂ってしまっている。遅い朝食の後、読書する気にもなれずカミサンが録画…

思い出せないこと

昨日は旧友Kの絵の個展を見た後久しぶりに御堂筋をナンバからJR大阪駅まで歩いた。今回のKの個展には昔大阪市立美術館での展覧会に出品していたような大作は展示されていなかったのが少し寂しかったが、画廊のスペースの関係から止むをなかったのだろう。 展…

見知らぬ街

旧い友人Kが絵の個展を大阪で開いている。これを観に大阪まで出かけた。電車を降りプラットフォームに立った時に妙な不安感を一瞬感じた。 それから背中を押されるようにして改札口を抜け雑踏の中央コンコースに出た時も、見知らぬ街に降り立ったような得体…

ねぐら追われて

今日は自治会の一斉清掃日、住民総出で公園や自治会館廻りそれに道路際の草刈りをする。 2・3年前までは草刈りをしているのか休憩しているのか分からないような人を見ると、何をチンタラチンタラ手抜きしているのと思っていたが、今回は逆に自分がそう見られ…

衝動買い

講座の帰り道立ち寄ったジュンク堂書店で本を3冊衝動買いしてしまった。 購入した以上はちゃんと読みなさいよと自分に発破を掛けてはいるもののどうなることやら。 手にした時面白そうだと思ったのは「仏教、本当の教え」・植木雅俊著 中公新書 一冊だったが…

雑踏の中で

RECコミュニティカレッジの講座に潜り込むようになって9年目になる。 途中で居眠りしたり受講放棄したりの講座も幾つかあったが、面白い講座が多くて毎回出席するのが楽しみであった。中でも今日の講座(「無量寿経」巻下 講読5)は山田明爾先生。先生の講…

狛犬

昨日の湖南三山撮影行は不作だったが、その埋め合わせのように、常楽寺の隣の小さな神社で撮った狛犬の写真をRAW現像していて遠い昔の出来事を思い出していた。 沢山の狛犬の写真を見せてくれた人がいたのだ。 大手建設会社の設計部に務めていたWさん、20…

不作の一日

写真仲間と湖南三山へ行ってきたが、今日は不作の一日だった。 最初の常楽寺で紅葉を眼にした途端に戦意喪失だ。 もみじ葉には鮮やかな色あいは無く、遠目に撮れば何とかなりそうだったが、光も背景も撮りたい気分には程遠い。汚れのない比較的新鮮なもみじ…

ハチを追う

朝の遅い散歩の途次ツユムシを見る。 この時期しかも今冬一番の寒さだったのにツユムシを見るとは驚きだ。指先でつついても飛び立つこともなくヨロヨロしている。夜の寒さに傷めつけられたのだろう。命の終りが近いようだ。 アリとキリギリスの話を思い出し…

コガタスズメバチの巣

小さな谷間の畑の土手を歩いていてオオカマキリの卵嚢(らんのう)を見つけた。 さっそく持ち帰って庭の金木犀の木に縛り付ける。 初夏には数えきれないほどのカマキリの子どもが生まれるだろう、楽しみだ。この作業を終えてふと見上げた木の上に珍しい蜂の…

金勝寺のあかり

金勝寺(栗東市)の久遠のあかりを撮りに行ってきた。 切り撮り方をいろいろやってみたが絵にするにはやはり難しかった。

雨降り止まず

今日は一日中書斎に閉じこもっていた。 やるべきことが山積みしているのに呆けたまま一日が過ぎていった。午後から「雨もまた好し」と出掛けるつもりで雨支度をしていたが出掛けられずだ。 この一年一日一日と行動を開始する時のエンジンの掛かりが遅くなっ…

アヅチグモ

タカサゴユリの種を採取しようとしていて、種鞘に隠れているアヅチグモを見つけた。 寒空だったのに夏場と同じように敏捷に動きまわる。 カメラを近づけると素早く種鞘の裏側に身を隠す、コンデジで追いかけるのも容易でない。 夏場は花の上で獲物の来るのを…

成る木打ち(2)

15日のブログに記した「成る木打ち」(成木責め)の事が何かを嚥下しそこなったように引っかかっていたが、今日の夕方になってやっとその原因がわかった。もう10数年も前だが、フレイザーの「金枝篇」(岩波文庫・全5巻)を読んだことがある。 その中に日…

リンゴドクガ

ご近所の庭先にあるレモンの木に青い実が沢山ついている。それに小さな白い花びらがポツポツ見えるのだ。この寒空に花を付けるのは季節知らずかと思ったが調べてみると、レモンの木は四季咲きの特性を持っているのだ。 このレモンの花を撮ろうと近づいた時木…

成る木打ち

玄関先のアオキの木の実が赤く熟れ始めた。 例年なら沢山の実をつけるのに今年は非常に少ないのだ。 冬になるとこの実を食べにヒヨドリやムクドリがやって来る。 お蔭で玄関先や階段は彼らの落し物がこびり付き掃除をするのが大変なのだが、今年は飛来の回数…

老いのかたち(3)

2・3日前から右目の奥に違和感を感じるようになりY眼科へ行く。 休み明けの朝ということもあって待合室は大勢の人で混み合っている。 いつものように待合室の隅っこに空きスペースを見つけて、長い待ち時間をやり過ごすために持参の本を読むことにする。い…

齢間分業

「働かないアリに意義がある」(長谷川英祐著・メディアファクトリー新書)をやっと読み終えた。「蟻の自然誌」や「むし学」との併読になってしまった。いろんな事を考える上での示唆に富んだ内容だった。 その一つが「齢間分業」と呼ばれるハチやアリの行動…

十六夜の月

満月になれば目当ての湖岸のポイントへ月光を撮りに行こう、そんな計画を立てていたのに今夜もそれが実行できずにいる。今日の光華セミナーの余韻を妙な形で引きずっている、それが原因なのだ。 講座は最終回の”生きる力を求めてー中村久子と「歎異抄」”(鍋…

時雨の名前

午前中は冷たい雨が降ったり止んだりだった。 書斎の窓からは対岸の長命寺山や沖島が時雨の降りようで、見え隠れする。 沖島には薄日が差しているのに長命寺山は暗く雨のようだったりするのだ。 ふとこのことを「片時雨」と呼ぶのではなかったかと思い辞書で…

蓑虫(2)

玄関先や門扉の壁にミノムシの数が増えている。 7匹ほどになっているのだ、何処からやって来たのだろうか。 一度にこんなに沢山のミノムシを見たのは今回が初めてだ。 近年はこのミノムシの仲間オオミノガは、中国大陸から侵入してきた寄生ハエ・オオミノガ…

あかり

先日、町家の灯りを何枚か撮ってきた。 格子窓から漏れる灯りや打ち水をした玄関先の灯りになんとも言えぬ心落ち着くものを感じていた。 その灯りの向うには人の営みがあり家族の団らんがある。 人が火を手に入れて以来、ともしびは人の絆やぬくもりを育てて…

蓑虫

遅い朝の散歩に出ようとした時、門扉の壁にミノムシが居るのを見つける。 チャミノガの仲間のようだ。よく見てみるとゆっくりと動いている。 木の枝にぶら下がったり壁にくっついているのはしばしば見かけたが、動いているのは見たことがなかった。 そんな経…

時の移ろい(2)

普段の日には見られない大庄屋諏訪家屋敷(守山市赤野井)で小菊盆栽展開かれていることもあって、特別公開されているという新聞記事を見て行ってきた。大庄屋の屋敷ということで色々と想像を逞しくし期待して行ったのだが、期待が大きすぎた。 それなりの格…

シャクガの仲間

今日は防災訓練の日。 隣近所を誘い合わせての避難、自家発電機のかけ方、消火器の使い方、水のバケツリレーの訓練。 175人の参加者がいたが参加者の殆どが高齢者だ。住宅地が出来てから40数年も経つと住民が年老いていくのも当然のことだが。避難集合場所へ…

いのちとこころ

第5回光華セミナーは「禅といのち」(芳澤勝弘・花園大学国際禅学研究所) 難しい話を分かりやすくお話ししていただいたが、理解不能というのが正直な感想だ。いのち、こころ、私、そしていのちの繋がり。 先達の知恵を学び、自分の言葉に置き換えて考える…

鬼剣舞(2)

昨日撮った鬼剣舞の現像処理をしながら、舞の動きを動きとして表現する方法があったことに思い当たり、現地でその方法を思い付かなかったのかと自己嫌悪だ。舞の会場はそれなりに明るかったから、後幕スローシンクロにして撮れば、動きの残像とストロボ発光…

鬼剣舞

「都ライト」というイベントが今出川浄福寺通大黒町(京都市)で行われている。 町家の格子窓から漏れる灯りや犬矢来などを組み合わせると面白い構図が楽しめる。 このイベントに「岩崎伝京都鬼剣舞」が舞われる事を聞き撮りに行ってきた。なかなか迫力のあ…

晩秋の草むら

11月に入ったというのに25度近い陽気だ。 この陽気さの所為だろうか、PUKUさんとの遅い朝の散歩で草むらや雑木林に入った時、思いもよらず多くの虫たちに出会う。ツユムシ、クサキリ、オンブバッタ、カマキリ(3種)、ウラギンシジミ、ヤマトシジミ、 キチョ…

挽歌

「滅びゆくもの達」というテーマで、熱に侵されたように廃屋や廃車それに産業遺跡などを追いかけていたことがある。湖北や三重県との県境の過疎の集落を訪ね歩いていた。 写真仲間のHさんとHさんの故郷多賀町の屏風の集落を訪ねたのは、5年ほど前だった。 …