狛犬

昨日の湖南三山撮影行は不作だったが、その埋め合わせのように、常楽寺の隣の小さな神社で撮った狛犬の写真をRAW現像していて遠い昔の出来事を思い出していた。

沢山の狛犬の写真を見せてくれた人がいたのだ。
大手建設会社の設計部に務めていたWさん、20歳くらい先輩だった。

Wさんとの出会いはある3泊4日のセミナーでだった。
ホテルに缶詰になってのセミナーは相当にハードだったが、同室のWさんのお蔭でなんとか4日間を持ちこたえた。
翌日のセミナーの下調べが終わるとWさんは決まってウイスキーを取り出した。
Wさんは底なしというほどの呑兵衛、私は全くの下戸。こんな二人の関係だったが妙に馬があったのだ。(その鼾には参ったが)
Wさんは大きなボストンバッグにウイスキーやチーズやナッツ類を持参していた。私はそれらをお相伴しながら昼間のストレスを解消していた。中でも奥さんが手作りしたという燻製のサーモンは田舎育ちの私には初めての食味だった。
そのサーモンの美味かったこととWさんの巧みな話術を思い出している。

Wさんの会社と私の会社が同じ市内ということもあってセミナーの後も付き合って頂いた。
そうしたお付き合いの中で、Wさんから膨大な狛犬の写真を見せてもらったのだ。
元々はWさんが個人的に研究している寺社建築の傍ら狛犬の写真を撮っていたのが、いつの間にかこれが逆転して狛犬を探して各地を歩くようになったとか。

Wさんのお宅へは狛犬の写真を拝見しに何度も訪れた。
狛犬の写真を私に見せながら巧みな話術でそれを撮った時の話をしてくれた。
写真と話を楽しみにしてお伺いしていたがそれ以上の楽しみは奥さんの手料理だった。
これが何とも美味かったのだ。

Wさんが転勤してしまってから日が経つにつれ、手紙での時候の挨拶や近況見舞いに、それもいつしか失念するようになってしまった。
音信が途絶えてからもう15・6年になるだろうか。
ご存命ならば90歳を超えているだろう、遠い昔のWさんの笑顔を思い出している。
夕日の日本海を見下ろすように屹立している狛犬の写真を私に見せながら笑っていたWさん。
半切大に引き伸ばしたモノクロの写真の見事な出来栄えとWさんの笑顔、懐かしい思い出だ。