野猿に出逢う

夕方少し早めの散歩を愛犬のTAOとしていた折、野猿の集団に出逢う。最近住宅地にやって来る野猿をしばしば見かけるが、今回は10数匹の今まで見かけたことのない大きな集団だった。道路を横切っていくものや電線を器用に渡っていくものが次から次へと現れるのだ。子猿を背に乗せているヤツも2組いた。

TAOさんが怖がらなければ接近したかったが数匹の集団に威嚇される感じで、犬も老爺も近寄れずだ。引き返そうとするTAOさんの力に負け、遠くからiphoneのレンズをフルにズームアップしてなんとか撮った。

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150-600mmを載せたカメラを持っていたら面白いシーンが撮れただろうに、残念だ。

 

シュゼンジカンザクラ

滋賀県立総合病院近くの小さな用水路の土手で咲き始めている緋桜のことが気になって、カミサンの病室を出た後駐車場へは遠回りだが見に行った。シュゼンジカンザクラと種名を説明するプレートが桜の木に吊るされていた。

カンヒザクラオオシマザクラの雑種と推定され、原木は伊豆の修善寺境内にあるとのこと。Webで調べてみたがこれ以上詳しいことは不明だった。

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陽気がいいとはいえ風は冷たい。日陰の路地道を歩いていて突風に見舞われるとやはり身震いする寒さだ。この時期は早咲きの桜よりもやっぱり梅のほうがいいと思う。ご近所に大谷大学の元教授だったAさんのセカンドハウスがある。手入れされずに放置された庭は枯れ草が伸び放題、その中に大きな白梅の木が枝を伸ばしていて、今見事なほどの花盛りなのだ。孫娘の家の犬(コーギー・メス 名前はTAO)と散歩に出た折には、かすかに香る梅の香を楽しみに暫くの間、その樹の下に佇んでいる。

 

 病む妻の爪を切りおり梅の春   風来坊

 病む妻の足の爪切る八十の春   風来坊

ショーウインドを覗き込む人

性能が古くなった現在の補聴器からiphoneで音量や音質それに聞きたい方向選択なども出来る機能をもった補聴器が欲しくなり京都へ行く。年金生活者にはかなりの出費になるが、コミュニケーションや雑木林を一人歩きする時の安全確認のための必需品だ。

注文した後はいつものコースで雑踏の中を歩く。新型コロナウイルスの所為か四条通も外人さんなどの観光客が少ないように感じられた。

人形店・田中彌の前ではいつものようにショーウインドウを覗き込む人の1ショット。

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外人さんが1ショットして立ち去った後にやって来た人は、見るからに熱心にショーウインドウの中を覗き込んでいた。

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かなりの間覗き込んでからその場を離れたが、しばらくしてから引き返して来て、再び熱心に見入っていた。相当にお気に入りの人形がショーウインドウの中にあるようだ。

その人は目的の人形を買い求めるのだろうか店の暖簾をくぐって行った。

もうじき雛まつりの時季。ショーウインドウを覗き込んでいた人は内裏雛を買い求めるのだろうか。内裏雛は小さいけれども格調の高い作品、自分も欲しい作品だが、おっ!というほどの値札が付いていた。

写真ギャラリーを廻り、東急ハンズ丸善書店に2時間近くいたこともあり、今日の京都行は思いのほか疲れた。

何という蛾だろうか

夕方、Mさんがマンションの廊下にいたと言って、虫採りかごに入れた蛾をわざわざ届けてくれた。私が昆虫の写真を撮っているのをご存知なのだ。ご近所のIさんやMさんからはこれまで何度も届けてもらっている。

Mさんから頂いた蛾、指で突っつくと触角を広げたりぴくんと動き出す。名前が思い出せないのだ。なんという蛾だろうか。フユシャクの仲間だろうか。

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今日は眼がしょぼついているのだ、名前調べは明日だ。

 

カミサンの入院している病院の近くの道で桜の花がいくつか花開いているのを見かけた。暖冬の所為で咲き始めたようだ。次回は近くの駐車場に車を停めて花撮りだ。

 

折りたたみ式のキーボード

カミサンの体調が悪く、2月3日に入院する。情報のやり取りをするのに病室から電話もならず、カミサンが「LINE」を使っていることから、孫たちに薦められて今まで使ったことのない「LINE」を使用することにした。情報のやり取りは至極便利なのだが、iphoneの文字入力がとてつもなく難しいのだ。僅かな短文を入力するのに数分も要している状態が続いている。たまりかねてiclever社の折りたたみ式ブルートゥスキーボード・IC-BK03を購入した。

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使い慣れたローマ字入力で文章が書けるのがなんとも気持ちがいいのだ。

カミサンは現在LINEで情報発信できる状況ではないが、LINEを見ることは出来るようだ。私の一人暮らしを心配してくれているようだから少しこまめに日暮しの状況を送らねばなるまい。

 

今日の1ショットはスズメ

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黃水仙

比良連山は五合目近くまで雪に覆われている。その雪山が明るい陽射しを受けなんとも綺麗なのだ。カメラを持ち出し琵琶湖大橋を渡って向岸から狙いたいところだが体が思うように動き出してくれないのだ。

小さな庭の片隅で黃水仙が一輪花開いていた。

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カミサンを誘いだし水仙の花を撮りに越前海岸へ 出掛けた事がある。晴れ渡った陽射しの下の日本海の青さと海岸台地に広がる水仙の白さとのコントラストが素晴らしかったこと、身を切るような冷たい風が吹き荒れていたこと、カミサンと二人だけで人っ子一人いなかったこと等は覚えているが、それが何年前だったかは全く思い出せないのだ。

ブログを書いていても、旅の状況を映像(イメージ)として思い出せるが、その光景を文字にしようとすると言葉が出てこないことがある。語彙が枯れ始めているのだ。

老い 色んなものが消滅していく。寂しくなる。

 



衝動買い

今日の京都新聞夕刊の「現代のことば」というコラムに「町の本屋」という一文が寄稿されていた。ジュンク堂書店京都店(四条通)が閉店するという、こんなニュースから現在の出版業界を取り巻く厳しい状況や町の本屋さんの事情、「紙媒体」からデジタル化への趨勢が取り上げられ、中小の本屋さんのみならず大型店も閉店せざるを得ないことが書かれ、町の本屋さんのこれからの役割を、書籍を売るだけではなく「その場にいて何かと結びついているという実感や居心地なのではないか」とコミュニティーとしての機能を提案していた。瀧井一博(国文研 教授・法制史)さんの提案だ。面白い考えだと思うが実働するには相当に高い障壁が待っているだろうと思われた。

 

先日京都へ出掛けた折、河原町通に何軒かある古本屋さんのうちの一軒の店頭で、ビニール紐で縛られた「風の谷のナウシカ・全7巻」を見かけた。紐で縛られてなければパラパラと中身を覗くのだがそれもならず、表紙のメーヴェに乗るナウシカを眺めていた。TVで見たアニメの映像をも思い浮かべていた。

昨日夕刻まで、風の谷のナウシカのことなどすっかり忘れてしまっていたのだが、「新実存主義マルクス・ガブリエル著 廣瀬 覚 訳 岩波新書 を読んでいて不意に「風の谷のナウシカ」のことを思い出しamazonに注文してしまった。終活をしていることもあり、読みたい本は電子書籍にするか図書館で借りることにしているのに、衝動買いをしてしまったのだ。

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 町の中小の本屋さんが店じまいしていく中で、細々ながらもしぶとく生き残っていくのは古本屋さんではなかろうか、そんなふうに思えるのだが。

 

ご近所のIさん宅の庭先では沈丁花の蕾が少しづつ大きくなり始めている。山茶花はもう終わりだ、一輪見かけただけだ。

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