小さな命の終わり

いのち尽きる

買い物から帰り荷物を下ろしていて、階段横の石積みにオオカマキリがいるのを見付け、荷物を運び上げるのもそこそこにコンデジを取り出した。 レンズの先端をギリギリまで近づけてもカマキリは反応しないのだ、よくよく見ると、オオカマキリは右前肢を伸ばし…

小さな命の終わり

散歩の途次、ルリタテハ、アシナガバチ、カマキリなどの小さな命の終わりを見る。 刻々と季節は移り変わっているのだ、虫撮りももう終わりにしなくてはなるまい。宅急便を受け取りに出た折、門扉近くの壁に小さな小さなミノムシがいるのを見つける。 小さな…

突風の落とし物

カミサンの話によれば昨夜半は一刻突風が吹き荒れたようだ。 玄関先のシロダモの木に吹き付ける風の音の激しさで眼が覚めたという。 そんな突風の落とし物を二つ見つけた。 ニイニイゼミの抜け殻と未だ生きていそうなジョロウグモの死骸、階段の上に延びてい…

小さな命の終わり

昨日「これが今年最後の収穫です」と言ってITOUさんがイチジクを届けてくれた。 冷蔵庫で冷やしておいた完熟のイチジクとコーヒーで、本を伏せての休憩タイムにする。 ブラックコーヒーの苦さとイチジクのほんのり甘いその取り合わせが、妙に美味いのだ。 大…

カマキリの死

道路際の犬走りにカマキリが横たわっているのを見る。 死んでから長い時間が経過しているとは思えない個体だ。 まだ生きていた頃の色艶が残っている。 今朝は見掛けなかった。 なにかの拍子にすぐ上の木蔦からでも落ちたのだろうか。カマキリの腹部は随分と…

ギンヤンマの死

道端でギンヤンマの骸を見付けた。 猛暑に晒されていた所為だろう、カサカサに乾いて躯の色も変わり、尾部も折れていた。 草叢の上を素早い飛翔でパトロールしていた時の、あの美しい姿はなくなっている。 ギンヤンマの骸を見ながら、7月に入ってこれまで虫…

赤いヨコヅナサシガメ

びわ湖大津館へ向かう桜並木で、脱皮直後と思われる赤いヨコヅナサシガメを見付けた。 時間の経過とともに赤い色から黒い体色に変化していく。 そんな変化の様子を見たいと思うが今日は写真展の当番の日、会場の準備などをしなければならないのだ、諦める。 …

アシナガバチの死

アシナガバチがいるのを見付けコンデジをポケットから引っ張り出しそっと近づく。 階段を三段ほど下りたところでハチの様子が可怪しいのに気付く。 アシナガバチは死んでいた。昼すぎまで何度も階段を上り降りしたがその時は気付かなかったから、ハチが死ん…

ホシホウジャクの死

台風の後、朝夕めっきり肌寒くなってきた所為で起きづらくなっている。 2ヶ月に一度の定期健診の日だったがカミサンに起こされるまで布団に潜り込んでいた。病院からの帰り道、ホシホウジャクが死んでいるのを見つける。 虫撮りのシーズンが終わりに近づき…

ギンヤンマの死

五感劣化、このことを最近しばしば感じる。 眼や耳、足腰が老化していることは自覚していたが、今朝は嗅覚が劣化していることに気付く。 「ああ、いい香り、キンモクセイが満開ね」カミサンは窓を開けながら呟いているが、私には全くその甘い香りが感じられ…

奇形のカマキリ

草叢でアゲハを追いかけていた時、クズの葉の上で奇形のカマキリを見付けた。 これまでアゲハ、ルリタテハ、アブラゼミ、カブトムシなどの奇形を見たことがあるが、これらはいずれもが羽化するときに何らかの原因で翅脈に体液が行き渡らず翅が変形したものだ…

サトクダマキモドキ

Aさんの菜園にあるプルーンの木は、どうした訳か今年は全く実をつけていない。 プルーンにも当たり年とそうでない年が有るのだろうか、それとも昨年の秋に剪定などの作業をしていなかったからその所為だろうか。 プルーンの実を探していて、サトクダマキモド…

落ち蝉(2)

夕方の散歩の折、道端に転がる落ち蝉を幾つか見た。 アブラゼミの初鳴きを耳にしたのは7月の23・24日頃だったと思う。 それから約一ヶ月、早くも、落ち蝉を幾つも見掛けるようになっているのだ。落ち蝉を見ていると時の流れの早さを感じ、心落ち着かぬ寂しさ…

落ち蝉

外出から帰った時、玄関先の階段でアブラゼミが落ちているのを見る。 階段の上に枝を伸ばしている金木犀の木から落ちたようだ。 落ち蝉になってまだ間がないのだろう、骸は乾ききってはいなかった。 レンズを至近距離まで近づけていて、ふと、いのちの一片が…

カマキリの死その後

土塀にぶら下がるようにして死んでいたカマキリを見付けたのが11月18日。 あれから2週間、死骸は壁から落ちている。 アリ達の活動が盛んな夏だったら解体されて巣に運び込まれただろうに、この寒空の下では処理もされず干乾び始め半ばミイラ化している。 朽…

カマキリの死

「小さな命の終わり」というファイルを持っている。 道端などで見付けた虫たちの命の終わりを撮り溜めたものだ。 このカマキリを見たのは昨日の朝の散歩の折だ。 体を前後に動かしていた。 遅くまで命を繋いでいるヤツもいるんだなと思いながら通り過ぎた。…

二つの死

陽溜りに居ると気持が良いが、陽が陰り風が吹くと身をすくめる寒さになる。 晩秋の頃は好きな季節だったが年老いた今では、暖かさと寒さが入り混じる日々の変化に躰が上手く順応出来ず苦手になっている。 厚手のジーパンに履き替えた。それに虫撮りも出来な…

ヒグラシの死

昼前、門扉の近くでヒグラシが死んでいるのを見付ける、既に小さなアリが来ていた。 この横たわっているヒグラシは何処からここまで来たのだろうか。 あの荒れ狂う嵐の中ではどんなふうに身を隠していたのだろうか。台風18号がやって来る前、庭のキンモクセ…

小さな命の終わり

撮影機材を車に積み込もうとしていて、眼の前の階段にフタオビドロバチがいるのを見付ける。 荷物を玄関先から運び下ろす時には気付かなかったが、階段のタイルの上をヨロヨロと這っているのだ。 指先で突っいてみるが飛び立つ気配はない。 次世代に子孫を残…

サトキマダラヒカゲ

朝露の降りた草叢の感触が味わいたくて、久しぶりの朝の散歩に出る。 素足にサンダル履き、草露の冷涼感が何とも言えず気持ち良かったから、ズボンの濡れることもお構いなく草叢を歩き廻った。 「童子の戯れ遊び」そんな言葉を思い浮かべていた。サトキマダ…

アブラゼミの死

「小さな生命の終わり」と名づけたファイルを持っている。 雑木林の中や路傍や神社の境内などで見付けた虫たちの命の終わりを撮ったものだ。 今日もある神社の境内で二つのアブラゼミの死を見付けた。 一つは寿命を終えたもの、もう一つは何らかのトラブルに…

ハエトリグモのミイラ

車庫のシャッターを開けようとしてハエトリグモがいるのを見つける。 おっ!という思いでシャッターの上昇を止め静かに元の位置に戻してから、ポケットにいつも忍ばせているコンデジ(XZ-1)を急いで取り出す。 越冬するハエトリグモもいるとは聞いていたが、…

冬のカマキリ

階段下の道路の掃き掃除をしていてオオカマキリの屍体を見つけた。 今朝見付けたということは昨日まで生きていたということだろう、屍体は未だ新鮮だ。 カマキリの落ちている場所の上には木蔦やヤツデの葉が茂っている。 擁壁の上の木蔦はこんもりと茂ってい…

ウスタビガ

遅い朝の散歩に出ようと階段を降りかけた時、大きな茶色の蛾がいるのを見付ける。 ウスタビガだ。 残念なことにこのウスタビガは既に死んでいた。ウスタビガは滋賀県では、絶滅危惧種等を指定する滋賀県版レッドリストの第6番目に、「その他の重要種」4種の…

路傍の死

午後から京都に出る。 「輪廻といのちーアビダルマの業・輪廻説に関係してー」(講師 本多至誠相愛大名誉教授)という公開講座が龍大大宮キャンパスで行われる日だった。 面白い話が聴けるのではと思い出席したが、案に相違して難解この上もない講義だった。…

ノウゼンカズラの実

庭のノウゼンカズラの木に実が生っているのを見つけた。 毎年のように二つ三つの実がなるが特に気にもせず初冬の剪定の折切り取っていたが、今回は実が熟れるのを待つことにした。 この実(莢)の中の種子がどんな形状をしているのか残念ながら見たことがな…

小さな命の終わり

「京都市内は13日、最低気温が10.7度となり、今秋最も冷え込んだ」こんな記事が今日の京都新聞夕刊に出ていた。琵琶湖湖西のこのあたりでも同じような冷え込みだったろうと思う。 そんな冷え込みの所為だろうか、朝の散歩の折道端で小さな命の終わりを二つ見…

クサキリの死

今日は二十四節気の一つ、白露だ。 朝早く木陰の草叢に入る。素足にサンダル履きだ。朝露の冷涼感が何とも言えず心地良い。 木陰を出ると陽射しはまだまだ肌を刺す夏日だ。日陰を選んで歩かなければならない。夏が逝く痕跡の一つを路傍で見る。 クサキリの死…

アミメアリの獲物(4)

陽射しは未だ厳しいがそれでも夏の終わりを知らせるものが、路傍のあちこちに転がっている。それは落ち蝉であったり、カマキリ、バッタ、カナブン等の骸だったりだ。 季節が逝くのだ。 一年のうちで最も挽歌の似合う季節なのだと思う。ショウリョウバッタの…

真夏日の山歩き

滋賀県教育委員会事務局文化財保護課が主催する連続講座の第1回目の講座「湖東の城塞寺院・百済寺」に出席した。 講座は講義「寺院と城塞」講師・松下浩氏(県教委文化財保護課副主幹)と現地見学(史跡百済寺境内)の組み合わせだ。 会場は百済寺本町集落セ…