荒廃する棚田(2)

棚田に休耕田が増えそれがいつしか放棄田に変わってしまうには、いろんな理由があることだろう。
耕作者が老齢化してしまった、後継者がいない、経済的に割りに合わなくなった、兼業農家ではやっていけなくなった、幾つもの理由が折り重なっていることだろう。

5年前の春虫撮りの折に声を掛けた老農夫の農小屋も田圃も今では放棄され荒れ果てている。(2007年3月)

(2007年3月)

(2010年春)

(2012年3月)

農作業の機械化が進むことや休耕田が増え棚田が荒れていく、これらを一つの起因として隣近所の付き合い、集落共同体的な結びつきも時の流れと共に変質しているようだ。

老農夫に出会った時写真を撮らせて貰いたいと挨拶をし、農作業も大変ですねと声を掛けた。
老農夫は最初はとっつきにくい感じだったが、少し話していると色々と話してくれた。

「この棚田に休耕田などなかった頃は、春先になると農道の草刈りや用水路の点検保守など集落総出でやったものだが、今では僅かな人数になってしまったよ。
わしの田の上の田圃は田植えしなくなってもう何年にもなるから、用水路の掃除もわし一人で大変なんじゃよ。
それに今ではそれぞれが機械が何でもやるから、手伝いせんでもようなったしな。
昔の「結」みたいなものはありゃせんのよ」

荒廃する棚田は「結」としての共同体のあり方や人の営みの変質を表象しているのだ。
「絆」という言葉が最近よく使われるが、それよりももっと深い所に位置するのが「結」というものではないだろうか。