帽子を洗う

今日から一週間の予定で仲間たちとの写真展が始まる。

写真展作品展示の作業は午前中に終る、そんなことから帰り道は木の岡ビオトーフへ立ち寄り虫撮りだと思い、虫撮り用の装備1式を車に積んでいたが、途中で料理当番の買い物のことを思い出し直帰した。

買い物から帰った後突然帽子を洗うことを思い立ち夏用の帽子を洗う。

玄関の帽子ハンガーには、ハンチング、キャップ、サハリーハット等々冬夏用併せていくつもぶら下げてある。時折、汗臭いですよとカミサンに睨まれるのだ。
今回は睨まれる前の洗濯だ。

リタイアするまでは季節が終わるとクリーニングに出したり手洗いしてくれていたが、それ以降はご自分のものはご自分で洗濯してくださいとばかりに突き放されている。
書斎もしかりだ。

カミサンに教えてまらった手順で帽子を洗う。

洗った帽子を物干し棹にかけながら、古い友人Hのことを思い出していた。
Hは早期退職し好きだった書道の研鑽と小さな書道塾を開いていた。
ある夏の初めに訪ねて行った時、塾の庭先の壁で、極細の筆から両手で握つても余りある程の穂先を持つ筆まで合わせて、30筆近いものが風に吹かれていた。
筆の干された下の茣蓙には7面ばかりの硯、磁器や漆を掛けられた南部鉄の水滴など水滴が幾つか、それに幾種類もの文鎮、そのほか様々なものが陰干しされていた。
その光景を今も鮮やかに思い出す。

陰干ししている情景についてHは何の説明もしなかったが、後で奥さんから聞いたところによれば、誰かに渡してもいいようにと手仕舞いしていたとのことだった。
Hはもういない、声を聴かなくなってから10数年になる。


柿の若葉の上でコミスジを見た。