地下鉄の中で

深草キャンパスでの講座が終わるといつものコースでギャラリー3会場を廻る予定だったが、湿度の高い蒸し暑さに閉口して1ヶ所だけにした。
地下鉄四条駅から目的のギャラリー古都まで汗だくで歩く、途中休憩のために喫茶店で涼をとってはいたが普段にない疲れを覚えていた。
祇園祭の山鉾建て等を今年も狙ってみようと思っているが、京都特有のねっとりと絡みつくような暑さの中に出掛けて来られるだろうかと気になり始めている。

ギャラリー古都では鉄道写真展が開催されていた。
素晴らしいと思う写真が5点程あった。中でも、私も長い間狙い続けているものの未だにそのチャンスに恵まれない桜吹雪、その桜吹雪を見事に掴まえた写真があった。
小さな駅のプラットホームにあっというほどの桜の花びらが舞っているのだ。
これを撮った人は何日も何日も辛抱強く桜吹雪を待っていたのだろう、どんな方だろうか
いろんなことをその写真を観ながら想像していた。

帰りは地下鉄東西線
入口の近くの丁度真向かいの席に品のいい婦人が座っていた。
あるデパートの大きな紙袋を持っておりその紙袋を右手指で軽く叩きながら何か呟いているのだ。指先は拍子をとっているようだし、口は丸めたりつぼめたりしている。
最初は変なおばさんだなと思いながらも本を読んでいたが、その口の動きが妙に気になり始めて失礼とは思いながら、ちらちら見ていた。

口の動きは単なる呟きではなく、何かを唄っているように見えた。
しかも何かを反復練習しているようなのだ、なんだろうあの口の動きは、気になっていた。
その答えが山科駅に到着した時にやっと判った。
山科駅で降りるために早めに出口に向かいその婦人の横にたった時、かすかな声だったが「旅の衣はすずかけの・・・・」と聞こえてきたのだ。
勧進帳安宅の関のようだ。
歌舞伎なんて全く縁のない人間だが、有名なこの謡のほんの最初のところだけは知っていた。