野良仕事をする人たち

オオヨシキリやケリのけたたましい啼声、それと揚げヒバリの囀りは聞こえてくるが、目的のキジの啼声は全く聞こえてこずだった。キジ撮りを諦め、田植えなどの野良仕事をする人を狙って田圃道を歩くことにした。普段の鳥撮りの折には出掛けることも殆どない旧い在所まで足をのばす。

野良仕事をする人たち

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遠目ではっきりとは判らないが、この夫婦は端午の節句の菖蒲を採っているようだ。

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田植え機では上手く植えられなかった畦近くに苗を補植しているように見える。補植する箇所が多いと腰を屈めて行うこの作業は相当に厳しい作業だ。

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最近では全く見掛けることのなかった手押しの一輪車が、畦道に置かれているのを見つけ、記憶の深みに残っている少年時代の農村風景を思い出していた。昭和40年代の田舎ではこんな鉄パイプ製の一輪車よりも、木製の一輪車(猫車と呼ばれていた)のほうが圧倒的に多く、農作業やちょっとした荷物の運搬などはこれ一台で間に合っていた。脱穀して叺(かます・藁むしろを二つ折りにして作った袋)に詰めた籾を何袋も山積みして田んぼから納屋に持ち帰るのだが、一輪車の特性から狭い狭い畦道も幅30センチもない板橋も通ることが出来た。運搬にはかなりの経験を要したが。様々な光景を思い出しながらファインダーを覗いていた。

一輪車をよくみたいと思いカメラを下ろして近づことした時、突然甲高い啼声を上げながらケリが頭上に来るのだ。明らかに歩き始めた老爺を狙っているとしか思えない飛来が何度かあった。ケリが飛び去った後、非常に珍しいものを眼にした。初めて見るシーン、ケリの親子を見たのだ。(ジャスピンでないのが何とも残念だ)ヒナは早足で草むらに逃げ込む。

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いい一日だった。