老いのかたち(47)

午後一番、先日借り出していた本(古代インド文明の謎・堀 晄 他2冊)を返しに行った時、ふと、外国の短編小説が読みたくなり書架を廻る。今日はいつもと比べて書架の間が賑わっているのだ。コロナ禍の影響で巣ごもりでの読書が多くなっているのだろう。「短編小説日和」西崎憲 編 ちくま文庫などを借りだした。

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帰宅するなり、紅茶と好物のフロランタンを用意して短編小説日和を読みにかかった。10数ページ読んでから、ページをめくる右指先でフロランタンをつまみ口にしていることに気付き、あっ!となった。誰が触れたか分からない図書館の本とコロナウイルス。そして同時に、ウンベルト・エーコの作品「薔薇の名前」の中に出てくるあるシーンを思い出していた。

14世紀の初頭、北イタリアの修道院を舞台にした謎の連続殺人事件を修道士ウィリアムと見習いアドソが解決していく中で、一人の修道士の死を検視していて、指先と舌が黒くなっているのを見つけるのだ。死んだ修道士は事件の核につながる重要な写本を読んでいたが、その本のページをめくる時、指に唾をつけてめくっていたようだ。そのページに毒が塗られていたのだ。

誰が触ったかも分らない本を触った手でフロランタンをつまみ上げ口にしているのだ、薔薇の名前のシーンと同じではないか。

本のページに毒を塗りページをめくる時に指先に唾をつけてめくる無意識の行動を利用した殺人、こんな物語が幾つかあったと思うが思い出せない。アレクサンドル・デュマの「王妃マルゴ」にもこんなシーンがあったようにおぼろに思う。

薔薇の名前」を手に入れたのは一昨年の6月の初め頃だった。

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書棚から引っ張り出して再読する気力は萎えている、老いがますます深くなっているのだ。長編小説を読めなくなったことが今回のように短編に手を出させる理由だろう。

読書と料理と鳥撮り、老いの楽しみのこれらも今では随分億劫になっている。