老いのかたち(34)

旧い知人のSさんから近況伺いとお誘いの手紙を貰った。
昔からの知人とのやりとりも現在ではほとんどすべてがEメールになっているが、Sさんからのものは決まって手書きのしかも墨書のものなのだ。
彼女は情報システム関連の仕事やインストラクターを長い間していたからEメールも自在なのだが、システム関連の仕事からリタイアする時、何故かビットの世界からの完全な縁切りを宣言し、一世代も二世代も前の暮らしを志向したようだった。

微かに墨の匂いのする手紙には、5月の半ば頃、芦生の原生林へ緑を撮りに行く計画を考えているが如何でしょうか、そんな文言が達筆な字でしたためられていた。
芦生へ行ってみたいそう思うものの、老躯には原生林のトロッコ道を歩き続ける自信は皆無だ。
残念ながらお断りする以外にない。

ビットの世界から縁切りしたという彼女は銀塩フイルムを使い続け、愛機はCONTAX・645だった。
芦生へもその重いヤツ持参なのだろうか、還暦をとっくの昔に過ごしているのにそのタフネスに驚きを覚える。

墨書の手紙にEメールでの返信もならずと思い、かと言って筆書きもできず万年筆を取り出した。
随分久しぶりの手書き文字だ、字が踊っていた。

老いのかたちには百人百色のかたちがある、原生林のトロッコ道を歩ける老いが羨ましい。