イチゴの香り

書斎の階段を途中まで降りた時イチゴのいい香りが漂っているの気付き、思わず深呼吸をした。
玄関先の下駄箱の上に大粒のイチゴが置かれていた。
いつものイチゴ屋さんからカミサンが買い求めていたのだ。

玄関先から廊下いっぱいに広がっているイチゴの香りの豊潤さ、嬉しくなっていた。

自園で採れたキュウリやナス、トマト、イチゴなどを行商している農家の方から買い求めて以来、イチゴはスーパーで買ったことはない。
朝採りの完熟したイチゴだから本当に美味いのだ、週に2回ほど届けられるのがいつも待ち遠しい。

濃厚なイチゴの甘み、これに関連して思い出すある風景がある。
遠い遠い少年の頃に見ていた、山の急斜面の麦畑の風景なのだ。
隣の麦畑とは石積みの排水路で仕切られ、この石積みの上にイチゴの苗が植えられていた。
採るのを忘れていたりするとイチゴは完熟し赤黒くなり、アリが決まって来ていた。
菓子類など滅多に口にすることのなかった時代だったから、赤黒く熟れたイチゴもアリを払い落として喰ったものだ。
時には少し腐り始めて酸味のするものもあったが、濃厚な甘みは今も鮮明に思い出せる。
なんとも美味いイチゴだった。
そんなふる里の麦畑も遠くなっている、風景も変わってしまっていることだろう。